物事の好き嫌いは、日々の私たちの行動に大きな影響を与え、またその大部分はいつのまにか嗜好が決まっているので、後から変えるのは無理だと考えられがちです。
確かに簡単ではありませんが、「意識的に取り組み、変化させるぞ」という決心、つまり動機づけが明確な場合は、きちんと手順を踏めば可能な場合が多いです。
例えばカフェインの摂り過ぎを自覚して、休憩時間に飲むのは(ノンカフェインである)麦茶にしようと思い立ったとします。
その人がコーヒーを考えると、そのイメージの中には良い香りや、その香りから連想する豊潤さ、飲んだ時のホッとした嬉しさを感じるとします。
逆に麦茶を考えると(この人は麦茶も嫌いではないのですが)、さっぱりするが、あっさりし過ぎて物足りない、と感じるとしましょう。
コーヒーと麦茶への嗜好程度を変えたい場合は、この対象の持つ周辺情報(属性)を交換する、という手法を使います。
つまりコーヒーに一緒にくっついていた「好ましい香り、豊かな気分」という属性を麦茶に、麦茶の「あっさりし過ぎて物足りない」という属性をコーヒーにつけかえて、新たなイメージにするのです。
あるいは、いつも自分を一方的に怒鳴りつける上司がいた場合。
その人が上司のことを考えると、そのイメージは大きく重く、圧倒的で、黒っぽい感じで感じられることが多く、背景も何となく刺々しい、不穏なイメージを伴うものでしょう。
しかし例えば、上司がどんどん小さくなり、ハエくらいのサイズになったらどうでしょう?
あなたの足元で、虫のようにちょこまか動きながら甲高い声で叫んでいるが、体が小さすぎて何を言っているのかもわからない。
うっとうしいので地面にかがんで、指でピンと弾いたら、どこかに飛んで行ってしまった・・・などとイメージできたらどうでしょう。
ミニチュア上司のイメージが滑稽に思え、つい吹き出したりして、ちょっと気持ちに余裕が生まれるきっかけになるでしょう。
こうしたことを、催眠療法や(当院では行っていませんが)NLP(神経言語プログラミング)のセラピーでは行います。
嗜好を変えるといえば・・・そう、だから禁煙・禁酒・ダイエットなども、昔から催眠療法が行われる代表的なテーマでした。
しかしこれほどTVやネットで情報が行きかっている時代になっても、こうしたテーマのために催眠療法を受けに行こうという人は多くありません。
あまり知られていないからです。
それは、
たとえ催眠療法をもってしても、患者さん本人のモチベーションがはっきりしない状態では、なかなか効果が表れにくいからです。
たとえば禁煙するに当たっての動機としては、肺がんをはじめとする健康問題や月々の出費、外出先での喫煙の不自由さなどをきっかけとして禁煙を考える人が多いでしょうが、タバコによって「ストレス解消できている」と思っている人の場合、新たにストレス解消する方法(しかもこれまで毎日喫煙に使っていた時間分を。結構長いものです)を考え出し、実行しなければならいですし、出費もそんなでもないと感じていれば、これも動機づけに役立ちません。
新たな嗜好を根付かせるには、その嗜好を取り込んだ新たな生活習慣を作り出すことが同時に必要であり、そのための労力・時間・費用を投資することを自分自身ではっきりと決意しなくてはなりません。
だから、患者さん本人の動機が不明確のまま、親や伴侶に連れて来られただけの人はまず上手く行かないですし、本人が予約したとしても「まあ、何か良いようにしてくれるだろう」という受け身で漠然とした人だと、来院してから「え〜、そんなにがんばらなくてはいけないの?じゃあ、止めときます」ということになりがち。
どんなセラピーでも、まず本人自身の強い動機づけがあってこそであることを、強調してもし過ぎることはないのです。